変形性膝関節症は運動器慢性疼痛の原因となる代表的な疾患の1つです.わが国をはじめ高齢化が進展する世界各国で有病率が増加していることから,変形性膝関節症に起因する慢性疼痛を予防するためのマネジメントの確立が課題となっています.そこで,われわれは高齢者でも実践しやすい歩行運動に着目し,歩行運動を継続的に負荷することで変形性膝関節症発症後の痛みを軽くすることができないか,また,できるのであればどのような機序が関わっているのかを動物モデルを用いて検証しました.
歩行運動を継続して負荷すると変形性膝関節症を惹起した後の患部の痛みが軽度になりました.そして,その機序として,歩行運動を継続することによって膝関節内で炎症を抑えるような生体環境が整えられることで,関節痛の病態である滑膜炎が抑制されることが関与している可能性が示されました.
7週齢のWistar系雄性ラットを以下のグループに振り分けました.
①6週間通常飼育をした後に変形性膝関節症を惹起するグループ(OA群)
②6週間歩行運動を継続した後に変形性膝関節症を惹起するグループ(運動群)
③6週間通常飼育をした後に生理食塩水を膝関節に投与するグループ(擬似処置群)
歩行運動は小動物用トレッドミルを用いて,60分/日(週5回)実施しました.そして,実験期間中は患部である右膝関節の圧痛閾値の変化を評価しました.
図1.患部である膝関節の圧痛閾値の変化
このグラフでは縦軸の下方に行くほど圧刺激に対して痛みを感じやすいことを示している.6週間通常飼育をした後に変形性膝関節症を惹起したOA群(▲)と比べて,歩行運動を継続した後に変形性膝関節症を惹起した運動群(■)では圧痛閾値の低下が軽度となっている.図2.滑膜におけるマクロファージの変化
実験開始から7週後(変形性膝関節症を惹起して1週後)の滑膜におけるマクロファージの変化を免疫組織化学的手法により検討した.その結果、歩行運動を継続して負荷した群では総マクロファージ(CD68陽性細胞)数および炎症性マクロファージ(CD11c陽性細胞)数が有意に少なく、抗炎症性マクロファージ(CD206陽性細胞)数は有意に増加していた.また,実験開始12週後(変形性膝関節症を惹起して6週後)においても歩行運動を継続して負荷した群では総マクロファージ数が有意に少なかった.
これらの結果は,歩行運動を継続して負荷すると変形性膝関節症を惹起した後の滑膜炎が軽度になることを示唆しています.
次に,マクロファージの変化に関わるサイトカインの変化を分子生物学的手法(real-time RT-PCR)により検討しました.
図3.膝関節内におけるサイトカインの変化
膝蓋下脂肪体および滑膜を検索材料として,抗炎症性サイトカインの変化を検索した.結果,運動期間終了後ではインターロイキン(IL)ー4(炎症性マクロファージから抗炎症性マクロファージへの極性変化に関わる)やILー10(マクロファージによる炎症性サイトカインの産生を抑制する)のmRNA発現量が有意に増加していた.また,実験開始7週後(変形性膝関節症を惹起して1週後)における前述のサイトカインのmRNA発現量をみると,変形性膝関節症を惹起したOA群は擬似処置と比べて有意に減少していたが,運動群は擬似処置と同程度に保たれていた.また,炎症や疼痛を引き起こすサイトカインであるIL-1βのmRNA発現量をみると,運動群はOA群と比べて有意に低値を示した.
これらの結果より,歩行運動を継続して負荷すると膝関節内では抗炎症性サイトカインの産生が高まり,また,変形性膝関節症を惹起した後の炎症性サイトカインの産生が抑制されることを示唆しています.
本研究の結果より,歩行運動を継続しておくと膝関節内では炎症に抗するような生体環境が整えられ,変形性膝関節症を発症しても滑膜炎が抑制されることで痛みも軽度になると考えられます.つまり,歩行運動を継続することで筋力や体力の低下を予防できるだけでなく,変形性膝関節症発症後の痛みが軽くなり,慢性疼痛に発展することを予防できる可能性があると考えられます.
Sakamoto J, Miyahara S, Motokawa S, Takahashi A, Sasaki R, Honda Y, Okita
M
Regular walking exercise prior to knee osteoarthritis reduces joint pain
in an animal model
OLos One 10;18(8).2023 doi:10.1371/journal.pone.0289765