パーキンソン病(PD)患者における歩行速度の低下や歩幅の短縮は,活動範囲,転倒リスク,生活の質,社会参加に影響を与える重大な歩行障害です.歩行速度は主にケイデンスと歩幅に影響を受けますが,PD患者においては,ケイデンスが歩行速度を主に決定付けます.これまでの先行研究では,参加者に快適あるいは最大歩行速度を求め,平均値や中央値による代表値によって歩行速度を解釈してきました.一方,日常生活環境における歩行速度の分布は二峰性ガウス分布を示しており,これは2つの好ましい速度が存在することが近年明らかになっています.比較的低い速度は,認知負荷が高い状況や狭い空間での歩行に該当し,比較的高い速度は,特定の目的地に到達する際やより広い空間での歩行に対応しており,環境や文脈に適応した歩行速度の調節能を反映していると考えられています.PD患者は環境適応性が低下していることが知られており,リハビリテーションが行われている診療環境と,日常生活環境では歩行が乖離している可能性があります.そのため,環境の違いによる歩行速度の調節能を明らかにすることは,PD患者の歩行適応性を理解するために臨床的に重要であるといえます.そこで,PD患者における診療環境および日常生活環境における歩行速度に応じた歩行パラメーターを比較するとともに,歩行パラメータ―,環境要因,PD特有の評価との関連性を調査しました.
歩行速度に応じた歩行制御が診療環境と日常生活環境では異なるとともに,パーキンソン病の重症度,転倒回数,生活の質に関連していることを明らかにしました.
<方法>
PD患者は,腰に装着した加速度計を用いて診療環境および日常生活環境で計測しました.抽出した歩行速度分布に二峰性ガウスモデルを適合させることで,歩行速度を低速と高速に分類するとともに,歩行速度の調節能(Ashman'D)を算出しました.歩幅やケイデンス,左右非対称性等の歩行の時空間パラメーターを,環境(診療環境/日常生活環境)×速度(低速/高速)の2×2反復測定分散分析を用いて比較しました.また,パーキンソン病の症状と歩行パラメータ―との関連性をベイジアン・ピアソン相関係数を用いて検証しました.
<結果>
日常生活環境では,診療環境と比較して,歩行速度の調節能の低下,速度の低下,歩幅の狭小化,左右非対称性の増大がみられましたが,ケイデンスは変わらないことが明らかになりました.また,速度の低下によって歩幅やケイデンスは低下しますが,左右非対称性には有意差がありませんでした.
環境の違いによる歩行速度の調節能を明らかにすることは,PD患者の歩行適応性を理解するために臨床的に重要な示唆を与えます.今後は環境や文脈の要因を詳細に評価することで,PD患者における環境適応の病態をさらに明らかにする予定です.
論文情報Nishi Y, Fujii S, Ikuno K, Terasawa Y, Morioka S.
Adjustability of gait speed in clinics and free-living environments in
people with Parkinson's disease.
J Mov Disord. 2024 (Online ahead of print) doi: 10.14802/jmd,24167.
長崎大学生命医科学域(保健学系)
助教 西 祐樹(ニシユウキ)
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