運動療法は変形性膝関節症(膝OA)の第1選択治療に位置づけられていますが,これまでの臨床研究では罹患期間が長い末期膝OAの痛みを運動療法が軽減できるか否かについては一定の結論に至っていませんでした.また,末期膝OAの痛みの病態には中枢感作が関わることが示唆されていますが,このような病態に対して運動療法が有効か否かについても明らかになっていませんでした.そこで,われわれは,ラットの末期膝OAモデルを用いて,低強度の筋収縮運動による痛みの軽減効果とそのメカニズムについて検討しました.
進行期の膝OAに対して運動療法を行うと痛みが軽減することは基礎・臨床研究において明らかにされています.しかし,末期膝OAに対する運動療法の効果については一定の結論に至っていませんでした.本研究では末期膝OAに焦点をあて,痛みがあっても実施できるような低強度の筋収縮運動を負荷すると,患部やその遠隔部の痛みが軽減し,そのメカニズムには末梢組織における痛みの病態の改善や脊髄レベルにおける中枢感作の抑制は関与することを明らかにしました.
<方法>
【実験動物】
7週齢のWistar系雄性ラットを用いて,以下の3群に振り分けました.
1)モノヨード酢酸を右膝関節内に投与し,膝OAを惹起した後通常市域するOA群
2)膝OA惹起28日後から電気刺激を用いて低強度の筋収縮運動を負荷する運動群
3)生理食塩水を右膝関節内に投与する疑似処置群
【運動の方法】
電気刺激装置を用いて,以下の条件で4週間負荷しました.
刺激周波数:50Hz,刺激強度:2~3mA,パルス幅:250μsec,20分/日,5回/週
【痛みの行動学的評価】
・患部の圧痛閾値:Randall-Selitto 式鎮痛効果測定装置(Ugo Basile, Varese, Italy)を用いて評価しました.
・足底の機械刺激に対する痛覚閾値:von Frey sensory apparatus(IITCL Life Science, Woodland
Hills, CA, USA)を用いて評価しました.
【関節軟骨・軟骨下骨の組織学的評価】
膝OAでは関節軟骨の摩耗・消失が生じ,それに伴って軟骨下骨で代償的な組織修復反応が生じます.そこで,これらの病態についてトルイジンブルー染色像を用いて評価しました.
【滑膜炎の評価】
滑膜炎は膝OAの痛み発生・持続に関わる主要な病態の1つで,マクロファージの病態が関与しています.そこで,免疫組織科学的染色を実施し,滑膜における単位面積当たりの総マクロファージ数・Miマクロファージ数・M2マクロファージ数を算出し,各郡で比較しました.
【軟骨下骨の評価】
軟骨下骨における破骨細胞数や神経成長因子(NGF)陽性細胞数,一次侵害受容ニューロンの密度の増加といった変化が膝OAの痛みの持続・増悪に関与するとされています.そこで、TRAP染色,免疫組織化学的染色,蛍光免疫染色を実施し,破骨細胞・NGF陽性細胞・一次侵害受容ニューロンの密度について比較・検討しました.
【脊髄における感作の評価】
末期膝OA患者では中枢感作が生じるケースがあり,このようなケースでは痛みが強いことが知られています.そこで,このような病態にも運動療法が有効か脊髄後角におけるリン酸化NR-1を指標に検討しました.
<結果>
【痛みの行動学的評価】
運動群(グラフの緑)における患部の圧痛閾値および足底の機械刺激に対する痛覚閾値はいずれも介入後から改善しており,末期膝OAに低強度の筋収縮を負荷すると疼痛が軽減することが示唆されました。
【関節軟骨・軟骨下骨の変化】
運動群の関節軟骨・軟骨下骨の変性はOA群と同程度でした.つまり,関節軟骨・軟骨下骨の変性が進行しても低強度の筋収縮運動による疼痛軽減効果が得られることが示唆されました.
【滑膜炎】
運動群における滑膜の単位面積あたりの総マクロファージ数(CD68 陽性細胞数)およびM1マクロファージ数(CD11c 陽性細胞数;炎症性マクロファージ)はOA群のそれらと比べて有意に低値を示しました.一方,M2マクロファージ(CD206
陽性細胞数;抗炎症マクロファージ)数はOA群と比べて有意に高値を示しました.つまり,低強度の筋収縮運動を負荷すると,滑膜炎が軽減することが示唆されました.
【軟骨下骨の評価】
運動群では,軟骨下骨における単位面積当たりの破骨細胞数・NGF陽性細胞数・一次侵害受容ニューロン数(CGRP陽性細胞数)はいずれもOA群のそれらと比べて有意に低値を示しました.これらの結果より,低強度の筋収縮運動を負荷すると,軟骨下骨に生じる痛みの病態が抑制されることが示唆されました.
【脊髄における感作】
運動群の脊髄後角におけるリン酸化NR-1要請細胞数はOA群のそれと比べて有意に低値を示しました.つまり,低強度の筋収縮運動を負荷すると,膝OAに起因する脊髄レベルの中枢感作が抑制されることが示唆されました.
【結果のまとめ】
以上の結果より,末期膝OAに対して低強度の筋収縮運動を負荷すると,末梢組織ならびに脊髄レベルにおける痛みの病態が改善され,疼痛軽減効果が得られることが明らかとなりました.
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本研究の結果は,低強度の筋収縮運動が末期膝OAの痛みの軽減に有効であり,そのメカニズムには滑膜炎や軟骨下骨といった末梢組織および脊髄レベルにおける感作の改善が関与することを示しました.この結果は膝OAに対する運動療法の有効性を示す基礎的なエビデンスとなります.
Satoko Motokawa, Junya Sakamoto, Ryo Sasaki, Yuki, Nishi, Yuichiro Honda,
Ayumi Takahashi, Minoru Okita.
Low-intensity muscle contraction exersise reduces pain sensitivity by modulating
peripheral pathology and spinal sensitization in end-stage knee osteoarthritis
rats.
Front. Pain Res.
長崎大学生命医科学域(保健学系)
助教 坂本淳哉(サカモトジュンヤ)
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